2018年に日本で32万部を突破したベストセラー「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略」(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット共著、以下「本書」と称す)を読みました。
本書は、長い人生を幸福に暮らすためには、従来の生き方を変えて新しいライフステージを作る必要があり、従来の生き方のままでは、せっかくの時間の贈り物が、不幸な時間を長く過ごす災厄になってしまうと説いています。
私は企業に勤務しながら副業で中小企業診断士として活動していますが、本書を読んで、特に企業に勤務している方にとって、中小企業診断士としての活動は新しいライフステージ作りのよいきっかけになると感じました。
そこでこれから2回にわたり、以下のテーマでLIFE SHIFTとは何か、なぜ中小企業診断士がLIFE SHIFTに役立つのかについて、私自身の感想や経験を交えてご紹介します。
- 第1回 LIFE SHIFTとは何か
- 第2回 中小企業診断士活動でLIFE SHIFTの準備を
1.本書の概要
人生100年時代と言われるような長寿命化により、以下の3つのステージからなる従来の生き方では、第2ステージの勤労期間に比べて第3ステージの引退期間があまりにも長く、年金の受給年齢の繰り下げや受給額の低下などの変化が進むと、貯蓄不足で引退後の生活が破綻してしまいます。
- 第1ステージ: 教育を受ける就学期間
- 第2ステージ: 仕事をして所得を得る勤労期間
- 第3ステージ: 年金・貯蓄で暮らす引退期間
そこで、第2ステージの勤労期間のステージを増やすことで、第3ステージの引退期間を短くし、収支のバランスを取るする必要がありますが、単に今までと同じ仕事をする期間を増やすことは、能力・知識の陳腐化を招いて職を失うリスクがあります。長い人生を幸福に暮らすためには、やりがいがあって市場性の高い新しいステージの仕事を探し、シフトしていくこと、すなわちLIFE SHIFTが必要なのです。
以下に、急速に進展する長寿化の現実と、3世代の架空の人物のライフステージとLIFE SHIFTの事例について、本書の内容を紹介します。
2.人生100年時代の到来
日本では、100歳以上の高齢者数は、1963年は153人でしたが、2020年には過去最多の80,450人となり、100歳まで生きる人は珍しくなくなりました。医療の進歩と健康への関心の高まりにより、長寿で健康な高齢者は今後もますます増加すると考えられています。
毎年の国ごとの平均寿命の世界第1位の推移をみると、10年間で平均寿命が2~3年延びており、同年齢世代の生存率が50%となる年齢は、若い世代ほど上がっています。つまり若年者ほど長寿になっているのです。
- 2007年生まれ 104歳
- 1997年生まれ 101~102歳
- 1987年生まれ 98~100歳
- 1977年生まれ 95~98歳
- 1967年生まれ 92~96歳
- 1957年生まれ 89~94歳
3.人生における仕事とお金の関係
2019年に「老後2,000万円問題」が話題になりました。これは、金融庁の報告書「高齢社会における資産形成・管理」で、高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の収支が平均月約5.5万円の赤字で、20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の貯蓄の取崩しが必要になると試算されていたことに端を発しています。野党が、政府が公的年金の破綻を認めたものだとして追及し、財務大臣が報告書の表現が不適切だったと陳謝するという異常事態になりました。
本書では、この問題について、現在一般的な、「就学⇒就労⇒引退」という3ステージの人生をベースに、3世代の架空の人物のライフステージで説明しています。
- ジャック 1945年生まれ(70歳で死去)
- ジミー 1971年生まれ(44歳、寿命85歳)
- ジェーン 1998年生まれ(17歳、寿命100歳)
※ 年齢はいずれも2015年時点(本書執筆当時)
この3人がそれぞれ3ステージの人生を送り、引退期間は最終所得の50%の収入(年金、貯蓄)で生活した場合、勤労期間中に毎年、所得の何%の貯蓄が必要かを計算します。
生年 | 就労期間 | 引退期間 | 必要な貯蓄率 | |
ジャック | 1945年 | 42年間(20~62歳) | 8年間(62~70歳) | 4.3%/年 |
ジミー | 1971年 | 44年間(21~65歳) | 20年間(65~85歳) | 17.2%/年 |
ジェーン | 1998年 | 44年間(21~65歳) | 35年間(65~100歳) | 25.0%/年 |
ジャックの世代では毎年年収の4.3%を貯蓄すれば、老後資金を蓄積できましたが、ジミーやジェーンの世代では引退期間が長すぎるために、無職でこの期間を生活するためには、就労期間中にわたって年収の17~25%もの貯蓄を行わなければならず、3ステージの人生を送ることはもはや不可能です。
4.幸福な人生を送るためのLIFE SHIFT
3人の内、読者の年齢層に近いと思われるジミーの事例を紹介します。
ジミーは21歳で大学卒業後、IT企業に入社して、顧客にIT管理業務を助言する仕事に就きました。26歳で顧客企業に転職して、社内のIT管理業務をインド企業にアウトソーシングするプロジェクトを成功させましたが、自身の仕事もアウトソーシングされたため、39歳で職を失いました。リーマンショックにより転職先が見つからなかったためフリーランスのIT専門家として活動した結果、収入は低くても顧客や同業者の人脈を作り、充実した日々を過ごしました。その後景気が回復し、41歳でITコンサルティング会社に就職し、チームリーダーとして収入が増加しましたが、ノルマと社内競争に追われる多忙な日々が続き、これまでの知識やスキルを使う機会が減り、新しいことを学ぶ時間がほとんどなくなりました。
現在第2ステージのジミーが、この後どのようにLIFE SHIFTするのか、本書では3つの選択肢が描かれています。
(1)3.5ステージの人生(従来の3ステージに、0.5ステージを加えた人生)
1つ目のパターンは、あまり変化がなくてリスクの低いステージを追加する選択肢です。
ジミーは2026年(55歳)に自宅近くの大学で学部長をしている前職の知人からの紹介で、副業として社会人教育講座で週1回夜間にITとマネジメントを教え始めます。
2030年(59歳)に大学からフルタイムのポストを提示され、会社を退職します。以降、収入はどうにか生活できる程度に下がりますが、大学で教員生活を送り、2042年(71歳)に大学を退職します。
この結果、引退期間を3ステージの20年間から14年間に短縮したことで、引退後の生活が安定します。
(2)4.0ステージの人生(3ステージ+プロフェッショナルとしての人生)
2つ目のパターンは、積極的にリスクを取って収入と働き甲斐を両立する選択肢です。将来の市場の変化と自分自身のスキルを分析し、不足するスキルや人脈を形成するために、余暇(レクリエーション)の時間を、自身のスキルや人脈を再創造(リ・クリエーション)することに振り向け、副業で試行しながら転進を果たしており、LIFE SHIFTの準備を戦略的に入念に行っています。
ジミーは2016年(45歳)に長期に働き甲斐のある仕事に就くことを決意し、仕事上の人脈からアドバイスを得て、注目度の高い分野のスキルを磨くための研修プログラムに参加します。1年間、平日夜間と週末に研修に参加し、スキルアップと共にそこで知り合った人達との人脈の構築に力を注ぎ、業界で著名な資格を取得します。その後、自分の能力を高く評価してくれる転職先を慎重に選択し、インドに本社のあるグローバル大手IT企業に再就職して、バーチャルなチームをマネジメントするスキルを磨きます。
更に次の10年間の計画を検討した結果、上級プロジェクトマネジメントの研修プログラムに参加し、グローバルに活躍するプロジェクトマネジャーが集まるコミュニティに入って、世界規模の人脈を作ります。
2036年(65歳)に国際派のプロジェクトマネジャーとして独立し、コミュニティ経由で仕事に事欠かず、収入レベルを維持したまま2048年(77歳)に引退します。
この結果、引退期間は3ステージの20年間から8年間に短縮し、経済的に余裕のある老後生活を送ることができます。
(3)4.0ステージの人生(3ステージ+起業家としての人生)
3つ目のパターンは、更にリスクを取って起業家を目指す選択肢です。
ジミーは2016年(45歳)にIT市場の現状を分析した結果、多くの企業がIT管理業務のコスト削減を求めていることが分りました。そこで、以前仕事をしたインドのアウトソーシング先の関係者と連絡を取り、休暇を取ってインドに行き、どのような仕事をしているかを見学しました。
その結果、インドの企業との提携による低コストのIT管理サービスビジネスの起業を決断し、副業として小規模のプロジェクトに携わって実績を積むと共に、地元の起業家クラブに加わって人脈を作り、会計とマーケティングのオンライン講座を受講します。そして、2019年(48歳)に退職して起業します。
今回は、本書で説かれている人生100年時代におけるLIFE SHIFTの必要性と、LIFE SHIFTの架空の事例をご紹介しました。
次回は、LIFE SHIFTに向けてどのような準備が必要なのか、中小企業診断士活動を題材にご紹介します。