(株)ひまわり市場 高付加価値商品と店舗の劇場化で業績向上

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須藤 和夫

この文章は同友館「月刊 企業診断」2020年7月号 の
「特集 中小企業白書の読み方第1部 2020年版を読む」
に掲載された記事の原稿です。
雑誌はB5判2段組でレイアウトは異なりますが、文面は同じです。

はじめに 

山梨県北杜市は甲府盆地の北西部に位置し、美しい南アルプスや富士山を望む山岳景観を有していることや「名水の里」で知られている。
 白書の事例2-2-2に「こだわりの商品の価値を独特のPOP広告と店内放送を通して顧客に伝え、顧客単価向上と顧客数増加を実現した企業」として紹介されている株式会社ひまわり市場は北杜市に1店舗を構える典型的なローカル・スーパーマーケット(以下、スーパー)である。

1.取り巻く環境と業績

 北杜市の人口は約42,800人であるが、最近15年間で10%減少し、2040年には32,880人と、さらに23%減少することが予想されている(北杜市、「人口統計データ」、2005年)。
 商圏の大きさは一概には言えないが、地方都市の場合車で10分程度までと言われている。商圏内にはスーパー10社以上あり、その中には県内で圧倒的な存在感を示すオギノ(49店舗、年商499億円)のような有力な競合店も含まれている。(Mapfan 「北杜市のスーパーマーケット」)
 また、ネットスーパーは地理的な商圏という概念を破壊する強敵であるが、イオン、ユーコープ山梨(生協)が35Km離れた甲府から進出している。
 つまり、同社は縮小する市場の中で、かなり厳しい競争を強いられていると言える。一方、同社の経営数値は公開されていないが、売上高は8億円と言われている。
 平成29年「スーパーマーケット年次統計調査報告書」によれば同規模のスーパーの売上は5~6億円なので、厳しい環境の中で平均的な企業よりはるかに高い売上をあげていると言える。

2.徹底した商品の高付加価値化

 小売業の競争戦略としては、コストリーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略が一般的に挙げられる。この中で、コストリーダーシップは大手企業が圧倒的な購買力によって他社の追従を許さなくする方法で、同社のような企業には不向きであり採用していない。そのかわりに同社が行ったのは徹底した商品の高付加価値化による、集中・差別化である。
 スーパーで販売しているのは最寄り品であり、どこで買っても似たような品が並んでいることが多く高付加価値化は易しくない。実際、以前の同社の品揃えは他社と大きな違いは無く、他店との差別化は価格でしかできない状態で売上げも横ばいが続いていた。
 そこで、同社は、魚・肉・野菜などのどの店にでもあるような商品を「ひまわり市場でしか買えない」特別なものに変えることから改革を始めた。

⑴ 有能で個性豊かなスタッフを集める

 高付加価値化の為に同社が時間をかけて集めたスタッフは60~70代のベテランが多いが、それぞれ豊富な経験を持っている。例えば、築地の仲卸で50年以上の経験、有名寿司店で20年以上やってきた寿司職人、老舗の料理店で40年以上の経験を持つ料理長などである。また、野菜や果物は質の高い野菜を栽培する地元の農家を対象に社長が目利きしている。このような人材は、普通のスーパーでは見ることのできない付加価値の高い商品を提供する原動力になっている。

⑵ 商品の価値を伝える

 高付加価値商品はどうしても割高になる。それを単純に並べておいただけではなかなか買ってもらえない。価格競争をしない同社にとっては、その価値をどう伝えるかという事が重要である。
 消費者の70%は店に来てから買う物を決めると言われている。また、有名なスティーブ・ジョブスは「欲しい物(iPhone)を見せてあげなければ、皆それ(iPhone)が欲しい物だとはわからない」とも言っている。つまり、顧客に自分の欲しい物を気づかせる必要がある。その為に同社が行っているのが、特徴のある店内販売方法である。

①POPの活用

 ひまわり市場のPOPは「(みかん)農薬5割減・化学肥料8割減。まだまだ暑さが残るこの季節。クエン酸たっぷりの……」のように徹底して商品の価値を訴えている点が特徴で、有名なオーケーのようにあえて商品の良くない点を書くという手法は取っていない。また、それだけでは読んでもらえないので、「長生きには恋愛が一番。健康には豆腐が一番」「(安納芋)焦っちゃだめだ。さつま芋はじっくりじっくり熱を加えることで……」のように顧客がオヤと思うような仕掛けもしてある。

②店内放送

 店内放送もよく使われる宣伝方法だが、ひまわり市場では社長が担当し、POPと同様に商品の特徴や価値を説明するのと同時に「当店のメンチカツは松坂牛7割、鹿児島黒豚3割。黄金比率はどうしても外せない。他のお肉をちょっと混ぜれば、確かにコストは安くなる。一番大事なのは食べたお客さんの笑顔なんだよ。その笑顔の前には、コストもへったくりもあるもんか!」というような面白さも加えて、独特の効果をあげている。

③顧客体験の向上

 POPと店内放送は店舗の劇場化という効果も生んでいる。スーパーでの買い物は「楽しみ」はなく、買わないと食べられないから買うという義務感がつきまとうのが普通である。同社では劇場化を意識して、顧客に店に来れば楽しく、しかも高品質な買い物ができるという顧客体験で顧客満足度向上させ顧客ロイヤリティを向上させていると言える。
 この部分はテレビや新聞などのメディアで取り上げられ「奇跡のスーパー」「奇抜なアイデアでスーパーマーケットを大改革」などと言われているが、劇場化した売場で買う気にさせても、商品が知れに見合わなければ当然2回目は無くなる。その前に、商品の高付加価値化という地道な努力が伴っていることは重要である。

3.ひまわり市場の今後

 スーパーは他業態やネットの挑戦を受けている。同社もネットスーパーを運営しているが、商品力を生かした名産品の宅配に近い。コロナ禍による生活習慣の変化は予測できないが、今後、ネットとの新たな競争の中で、同社が顧客体験をさらにどう向上させて打ち勝っていくのか注目したい。

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