紙の手形の廃止は、資金繰り改善のチャンス!

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先日、経済産業省が2026年を目途に取引先への支払に使用する紙の手形を廃止する方針を出すという新聞報道がありました。
この背景について、主に下請事業者としての中小企業・小規模事業者(以下「中小企業等」と称す)の視点から、国の政策と中小企業等の対応についてまとめてみました。

1.手形の利用状況

中小企業等の皆さまは、親事業者からの支払いを手形で受け取っているでしょうか。

財務省が公表している「法人企業統計調査」(*1)によると、金融保険業を除く全産業の支払手形残高は1990年度の約107兆円をピークに、2019年度には25兆円まで減少しています。

これは、大企業を中心に資金調達の方法が多様化して資金繰りが改善したことや、インターネットバンキングなどの簡便な決済手段が普及したためと言われています。

全産業(金融保険業を除く)の支払手形残高の推移(*1より筆者作成)

しかし、全国銀行協会が2017年に行ったアンケート調査では、約半数の企業が、いまだに支払い手段に手形を利用しています。手形の使用が減ったとはいえ2009年以降はほぼ横這いで、手形による支払の慣習が残っているのが実態です。

企業が利用している支払手段(*2)

(*1)財務省総合政策研究所「法人企業統計調査」
(*2)全国銀行協会「手形・小切手機能の電子化に関する検討会報告書」P.50 2018年12月14日

2.手形廃止の背景

(1)手形支払の3つの問題点

それでは、国が紙の手形を廃止しようとしている背景を見ていきましょう。

国は、中小企業等の活力向上を目的として、取引の適正化に向けた支払条件の改善を推進しています。
2021年2月19日に開催された中小企業庁の「約束手形をはじめとする支払条件の改善に向けた検討会」で示された検討会報告書の骨子(*3)によると、支払いに手形(特に紙の約束手形)を用いた取引の問題点として、以下の3点をあげています。

 ① 取引先に資金繰りの負担を求める取引慣行(長い支払サイト)
 ② 取引先が利息・割引料を負担する取引慣行
 ③「紙」を扱う事務負担・リスク負担

①については、我が国の支払サイトは諸外国と比べて長く、海外企業との不利な競争を強いられています。
②については、親事業者の都合で支払サイトを長期化しているにもかかわらず、その負担をすべて下請事業者に負わせているため不合理です。
③については、デジタル化の遅れによる生産性の低下を招いており、全国銀行協会によれば、紙から電子へ移行した場合の社会的なコストの削減額は、年間1,114億円と試算されています(*4)。

(2)振出側もやめたい手形取引

2018年の調査(*4)では、手形の受取側の9割、振出側も7割超が「やめたい」との意向があることが分りました。振出側がやめたい理由は、手形帳購入や印紙代などのコスト、手形の搬送の手間、現物管理の手間などがあるためです。

これらを受けて、国は紙の約束手形の利用廃止の方針を示し、全国銀行公開と各企業団体の協力を得て、上記の問題点を解消していくことになりました。

これまで不利な支払条件を押し付けられていた中小企業等の資金繰りの改善と、紙の手形を扱うコストとリスクの軽減が期待できます。

(*3)中小企業庁「約束手形をはじめとする支払条件の改善に向けた検討会報告書骨子(資料3)」P.2~6 2021年2月19日 
(*4)全国銀行協会「手形・小切手の社会的コストの実態調査」 2018年3月20日

3.国と親事業者の対応

中小企業庁と公正取引委員会は2016年12月14日に、下請代金の支払条件に関する指針である手形通達を50年ぶりに改正し、親事業者に対して以下の要請を行っていますが、これらをさらに徹底させるために、更なる手形通達の改正を検討しています。

 ①手形払いの銀行振込化
 ②手形サイトの短縮(60日以内への努力義務)
 ③手形割引料(金利分)の代金上乗せ

また、国の要請を受けて、親事業者の業界団体(2020年5月末時点で16業種47団体)が、取引条件改善の自主行動計画策定し、会員企業に対して上記の対応について努力することを求めています。

自主行動計画策定した業界団体(2020年5月末時点)(*5)

(*5)中小企業庁「支払条件の改善に向けた取組及び課題について(資料4)」P.8 2020年7月31日

4.下請事業者としての中小企業等の対応

(1)中小企業等の対応のポイント

前述のように手形の振出側も7割超が「やめたい」との意向があるにも関わらず、手形の解消が進んでいないのはなぜでしょうか。

① 代金の支払方法の決定について

2019年度の決済に関するアンケート調査(*6)によると、受取側が代金を手形で受け取る理由として、「取引先要望のため」(65.3%)が最も多く、次いで「長年の慣習」(31.5%)でした。また、代金の支払方法を発注側と協議して決定している企業ほど手形での受取割合が低いことが分りました。

② 手形等の支払サイトの短縮について

手形のサイトについて、振出側が「現状のままでよい」(62.1%)として短縮を検討しておらず、手形サイトを現状維持する理由として、「慣習を変更する必要がない」(53.6%)が最も多く、次いで「特に理由がない」(28.5%)でした。また、手形サイトが短縮しない要因として、手形の振出側に現状の商慣習を改善する意向がみらないことが分りました。

以上の結果から、親事業者と下請事業者の間で、支払方法についての協議や交渉が十分になされていないと推測されます。

(2)親事業者との協議・交渉

中小企業庁の「約束手形をはじめとする支払条件の改善に向けた検討会」で示された検討会報告書の骨子(*3)によれば、各業界団体が国の方針に沿って策定する自主行動計画の期間を5年間とし、毎年のフォローアップの状況もみながら3年後に自主行動計画の中間的な評価を行って必要な見直しを行うことを提起しています。自主行動計画は国が進捗状況をモニタリングして、自主行動計画の達成を指導してくことになると思われます。このことは、親事業者にとって社会的な責任を果たすためには、自主行動計画の達成が必須となることを意味しますので、中小企業等にとっては、支払条件の改善に国がお墨付きを与えたことに等しいと言えます。

各業界団体の自主行動計画は、団体のホームページで公開されています。中小企業等は、親事業者との協議・交渉を始めるにあたり、まず、親事業者が所属する業界団体が策定する自主行動計画を確認することをお勧めします。

(*6)中小企業庁「支払条件の改善に向けた取組及び課題について(資料4)」P.25~26 2020年7月31日

中小企業等の支払条件の改善は、産業界、金融界を巻き込んだ国をあげた取り組みが加速されています。この機会に不利な支払い条件を見直し、資金繰りと業務効率の改善を図ってください。

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