中小企業のデジタル化~異なる二社の事例から

デジタル化

これは、同友館の発行する「企業診断 2021年7月号」の「特集 2021年版 中小企業白書の読み方」に掲載された記事の原稿です。タイトルの通り、中小企業白書に掲載された事例を取り上げて解説する形になっています。 ホームページに転載するにあたり、多少の変更は加えていますが、この度、同社の許可を得て転載します。

はじめに

 2021年9月にはデジタル庁が発足する。 それ自体は行政のデジタル化(以降DX)が主要目的であるが、特に昨年来の感染症流行をきっかけとして、中小企業においてもDXは重要なファクターになってきている。そのため、2021年版の中小企業白書は、第2部第2章で「事業継続力と競争力を高めるデジタル化」に多くのスペースを割いている。

特に2020年からの感染症流行を踏まえた白書の調査(第2-2-34 図)では、事業継続力の強化を意識してDXに取り組んでいる企業は、意識していない企業に比べてDXが業績にプラスの影響を及ぼした割合が高く、労働生産性においても平均値が一人当たり6,692 千円と高いことがわかる。

一方、人材、設備、資金に乏しい中小企業ではDXの実施に困難がつきまとう事も事実である。

本稿では、2021年版の中小企業白書の記載から互いに異なる方向を持った2社を選んで、様々な条件の中でDXを成功させた事例を見てみたい。

1.日本食品製造合資会社の事例 ~ 企業ブランディングの成功例

まず事例2-2-2:日本食品製造合資会社を見てみよう。

白書では「デジタルマーケティングの強化によりEC市場を新たな販路として、感染症流行下の巣籠もり需要を獲得した企業」と書かれているが、同社の一般消費者向け商品のECは自社サイトではなく、アマゾンや楽天などのECモールで行われている。モール出店する事の長所と短所はあるが、メーカーである同社が販売店とのチャネル競合を避けるために直販は行わない事は当然である。 

従って、ここではその販売を支えるための自社ホームページによる企業ブランディングの成功例としてこの事例を見てみたい。

(1) 同社のホームページ

 ホームページをみると非常に美しい写真が出てくる。 書かれてる文章は『朝食、心地よい。 朝食を「摂る」から「すごす」に』だけで極めてシンプルである。すこし進むと代表的な商品である フレーク、グラノーラ・ミューズリー、オートミール、などのカテゴリー名が出てくるが、商品名やサイズ、価格などの詳しい情報は無い。 つまり同社ホームページは同社の価値観(ブランドアイデンティティ)を押し出して企業ブランディングを行う場所なのである。

(2)企業ブランディング

同社は1918年創業に創業され、日本で初めてコーンフレークやオートミールの製造を行ったこと、また、北海道札幌市に本社を置き、原材料には北海道の代表的作物であるとうもろこしやオーツ麦を使用し、日本のシリアル発祥の地となったという事、さらに、現在でもその先進的なベンチャー・スピリッツを受け継ぎ、他にはない穀類や野菜類加工品の開発を行っていることに誇りを持っている。

企業ブランディングとは、企業がありたいと思う姿・目標に向かって、現実との間に「共感・信頼」という橋を架ける活動といわれる。そのために企業ブランディングでは、顧客を起点に取引先や社内を含めたすべての層に向けてのイメージ創造が必要になる。

このホームページは、商品という「モノ」ではなく、心地よさという「コト」を前面に出すことで同社のブランドアイデンティティ(企業が顧客からどう思ってもらいたいか)を顧客に対し明らかに表明していると言える。

(3)実現のために

そのような理念でこの美しいトップページが出来上がったわけだが、理念を実際に表現するためには多くの課題があったと思われる。

同社は老舗企業ではあるが、出資金480万円、従業員80名の中小企業である。 従業員の大半はシリアル工場、オートミール工場、缶詰工場、倉庫などに配備されていると思われるので、この理念を表現するホームページを実現する人的資源は豊富では無かったと想定できるが、同社は以下のようにして企業ブランディングを実現した。

①経営者の積極的な関与

まず、ブランドアイデンティティを決めるために一貫して経営者がリードしている。白書でもデジタル化推進に経営者が積極的に関与している企業は、デジタル化が業績にプラスの影響を及ぼした割合が75.0%を占めていることが分かる。一方、システム部門や現場の責任者などに一任し、経営者は関与していない企業では、半数以上の企業が「どちらとも言えない」と回答しており、業績への寄与を実感できていないことが確認されている。

②全社的取組

下図は「規模別の企業の社内の推進体制と業績への影響(白書の第2-2-64図を基に筆者作成)」である。 全社的にデジタル化を推進している企業は業績にプラスの影響を及ぼしている割合が高い傾向にあることがわかり、マーケティング、開発、営業、経営の従業員が参加している同社の取組は正鵠を射ていると言える。なお、当図は従業員数50人未満の企業であるが、従業員数が大きくなっても傾向は同じである。

③パートナー

白書を見ると、外部の協業先・仲介者がみつからないことを課題としている割合が高い傾向となっている。同社は初期段階から取引銀行のコンサルティングを受け、実際の構築には専門知識を持つ企業と二人三脚の体制を組むことでこの課題を苦服した。

(4) まとめ

ただ単にECモールに出品すれば売れるという事ではなく、同社のようにしっかりとした企業ブランディングを行って、かつ、実現に至るステップを慎重に実行した企業が感染症流行化の危機においても強みを発揮できる好例であろう。

2.兵庫ベンダ工業株式会社~しなやかなテレワーク

次に事例2-2-3兵庫ベンダ工業株式会社を見たい。白書は「全社的なテレワーク推進」と「働き方改革」をキーワードとしている。

テレワークは以前からその価値が謳われてきたが、従来の慣行や社内体制の構築の問題から後回しにされてきた。しかし、感染症流行により中小企業においても、事業の継続性を確保する点で「実行しなければいけない」対策の上位に急浮上した。

同社は、トンネル、ダム、ビル、河川、下水などの施設に大型の鋼製機材を納品している企業で、従業数48名で5か所の大きなスペースの工場を全て兵庫県姫路市内に持っている。つまり、一見すると最もテレワークに向かない企業の様に見える。しかし、同社のテレワークは感染症流行下で突然始まったわけではない。2014年にすでに部分的ではあるが開始し、続いて事務職全員が選べるようにしている。

(1)課題の克服

テレワークを実施した際に生じた課題

(複数回答上位5件)

 発令前より実施 (n=341)発令以降から実施 (n=391)
1位書類への押印対応 60.1%PC・スマホ等機器の確保 58.8%
2位社内のコミュニケーション 58.1%ネットワーク環境の整備 57.3%
3位労務管理・マネジメント 57.5%情報セキュリティ体制整備 57.3%
4位ネットワーク環境の整備 55.4%社内のコミュニケーション 53.2%
5位PC・スマホ等機器の確保 52.5%労務管理・マネジメント 52.4%

上図は東京商工会議所の「2020年6月17日テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」を基に筆者が作成したものである。緊急事態宣言発令前からテレワークを行っていた企業と、発令後に始めた企業の認識している課題を比較したものであるが、同社のように以前から行っている企業では書類への押印や社内のコミュニケーション・労務管理のようなより複雑な解決を要する課題が多くなっていることが解る。

①書類対策

課題のトップである書類への押印は同社でも同じと考えられるが、製造業である同社にとって、取引相手により紙の図面の持ち込みやFaxなどがあり、担当する社員は不公平感を持つ課題があった。しかし、担当者を決めずに臨機応変に対応するよう社内ルールを変更したことで社内の協力体制を作って乗り越えている。

②社内コミュニケーション

パーソル総合研究所の調査では出社者がテレワーク行う社員に対し、抱えている疑念・不満の上位には、1位「仕事をさぼっているのではないかと思うことがある」(34.7%)、2位に「相談しにくいと思うことがある」(32.3%)が続いている。これがいわゆる「まだらテレワーク」問題で、事務職からスタートした同社でも対応が必要であった。そこで、同社は使いやすいツールを導入して情報共有のメリットを実感させながら、工場部門に対しても業務効率化のメリットを3名の工場長を中心に社長から丁寧に説明することで解決した。

③マネジメント

テレワークには通勤時間が無くなる利点があるが、マネジメント上は勤務時間がつかみにくい、健康管理がしにくいなどの課題がある。同社では「貧乏暇なしで走り回る経営層・営業マン、遠隔地で働くスタッフとのコミュニケーションツールとして」という表現でロボットを導入するなどの場所にとらわれない働き方を推進する中で休職や時短勤務の要請が無くなっているので、この様な問題も解決できたと考えられる。

④働き方改革

ここで、冒頭に述べた「働き方改革」のキーワードが重要になる。同社は、次のようにかなりユニークな福利厚生政策を行っている。

・業績連動型仕出し弁当制度 :単月黒字を達成した月の翌月は、社員のリクエストに応じた仕出し弁当が全額会社負担で昼食に支給される。これにより、自分たちが懸命に働いた結果、所属する企業の業績が向上したのだと実感できる。

・育児教育手当:立命館大学との共同研究として、従来から支給している扶養手当に加え、育児教育手当を導入。未成年の親族を扶養している者に対し育児教育手当を支給することにより、扶養親族の課外活動を促進させ、将来の社会を担う子供の教育に資する。同社は「つまるところ、パパ・ママより良い会社に行って欲しいのです」とまで言い切っている。

・奨学金返済支援制度:これからの時代を担う”ワカモノ”への支援の一環として、従業員の奨学金返済支援制度を導入した。

また、同社は既存事業での経験・技術を基に映像事業、コトづくり研究所などの「まじめにおもしろいモノ・コトづくり」にも積極的に取り組んでいる。それらは、本業である製造業からは想像できないようない事業である。

このような福利厚生を重視する経営と新しい事業に挑戦する社風が困難を超えて同社のテレワークを発展させていると考えられる。同社のテレワークはトップダウンで「さあテレワークしろ」という形ではなく、敢えて言えば、「しなやかなテレワーク」である。

(2)人材の確保にも貢献

就職サイトを運営する株式会社学情の調査(https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2102/19/news097.html)によれば、企業の新卒採用にプレエントリーする際、テレワーク制度があるか重視するかに対し「重視する」が16.6%、「どちらかといえば重視する」が40.6%となり、計57.2%がテレワーク制度の有無を気にしていたというデータがある。

同社には姫路という比較的狭いエリアからの人材だけでなく、テレワークの効果もあって、東京、大阪、神戸などで勤務する社員が加わっており、同社の多様性をさらに広げている。

(3)今後の発展

今後の課題として、いわゆるインサイドセールスの推進があると思われる。テレワークの普及により対面で行ってきた営業活動はもそも出勤していない相手に対しては困難になり、また電話やFaxでの顧客とのつながりも同様になる。 そこでインサイドセールス(メールなどを使った非対面営業)への移行が課題になる。しかし、そのような新しい課題に対しても同社の「しなやかさ」は、今後の同社の発展のための大きな力になると考えられる。

おわりに

昨今の感染症流行などの影響を受け、中小企業でもDXの加速が期待されている。また、感染症流行後のニューノーマルの時代になると、DXは企業の死命を制する条件になりかねない。 例えば、取引先がオンライン商談を始めた時にそれに応じないわけにはいかないし、ネット上でのブランディングができないと人の来ない展示会に頼らざるを得なくなるからである。

しかし、DXは課題解決の手段の一つであり、課題解決のためには多面的なアプローチが求められる。今回紹介した2社の事例は対外的なDXと社内の組織に関するDXで方向性は異なるが、共に、DXありきではなく事業方針と照らし合わせ、自社のブランドや強みを生かして自社の現状に合ったDXを模索した事例である。

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